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夏の日の出来事

2015/06/21 19:18:16 | ◆・・・ | コメント:-件

私が『今』を歩いているのは…

すべて

あの子たち がいたから。




私が『今』を想うのは…

すべて

あの子たち がいるから。





18歳の夏、私は最初の子を授かりました。
膣外射精を避妊法の一つと考えてしまっていた、幼く愚かだった私と、無責任だったAさん。



妊娠を知った時、私は、

初めて、自分がAさんに強く深く惹かれていたことにきづきました。

そして

ひとり遠くに逃げて、その子を生んで育てようと、心に決めました。


けれど、高校を卒業したての小娘に、具体的なプランを考える力も、経済力もあるわけがなく。
相談をした人から、自分の計画の無謀さを指摘されて…
自分だけでその子を育てることがいかに非現実的ですあるかを、認めざるを得なくなりました。

迷惑がられて、疎まれるとわかっていても、私が頼れる相手はAさんしかいませんでした。
エコー写真を見せて、妊娠を告げると…
Aさんの口から最初に出てきたのは、

「奥さんに謝らないと…
そのうえで、君との関係を解消しないと…」


でした。

やがて

「今回は、あきらめて」

という言葉がありました。
拒否する気力も、言い返す言葉もなく、私はそれを受け入れました。




翌朝。
つわりの中で食べる朝食越しに、Aさんが、この後のこの関係をどうしたいかを私に問いかけてきました。
子供を堕ろすことになったあとも付き合いを続けるのは辛くないか…と。
慎重に言葉を選びながら、自分がAさんに向けた答えを、私は今でもハッキリ思い出すことができます。
「私は、今、ひとりにされる方が、辛いです」
この言葉のあと、まさかこの関係が13年も続くとは、このときは思いもしませんでしたが…。









Aさんは、
手術代を負担し、
中絶手術を終えた私を車で迎えに来て、
数時間休める場所を確保して、
家まで送り届けて、
その後、何年も何年も、妊娠の文字を見るたび・聞くたびに不安定になっていた私を支えてくださいました。

『無責任だった』とAさんを罵ってはみるものの…
それ以上に自分は卑怯であったと、当時を振り返るにつけ思います。
あの頃、私にはもう一人、肉体関係にあった若い男性がいました。
Aさんもその人の存在を知っていて…
頻繁に会っていたわけではないので、私が妊娠したのは間違いなくAさんの子だったのですが…

そんな言い訳をする私が身ごもった子を、「自分の子」として中絶手術後のフォローまできちんとしてくださったAさんには、ただ、感謝しかできません。
膣外射精を良しとしていたAさんを『無責任だった』とするのであれば、言い訳をしてAさんの優しさにすがった私は『卑怯者』以外の何者でもなかったと思います。










妊娠に気づいて、この子を産むと決めた日に、私はお腹の子の誕生石が入ったネックレスを買いました。

いつかこの子が成長したら、この子の首にかけてあげよう。
その日まで、この子を産んで育てると決めた日を忘れないように、大切に身に着けておこう。

…と。

結局、自分へのはげましではなく、あの子の形見になってしまいましたが…
あの日から、相当の事情がない限り、このネックレスは私の体を離れたことがありません。

あの日の愚かで浅はかな過ちを、二度と繰り返さないように…
万が一再びこの体に命を授かることがあれば、この身に代えてでもその子を守る…
そんな誓いの証として、私はあの子の誕生石を胸に抱いてきました。

9年後、その誓いを破ることになる日まで…




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